御挨拶 -喜多流能楽教室(現在の喜多流定例鑑賞能)創設にあたって-

「観能の栞」に掲載 1958(S33)年3月

 地の能楽界は他の地方に劣らず、非常に隆盛で、我が喜多流のみならず他流に於ても、度々演能を重ねていますので、皆様方の、能楽に親しまれる機会も多い事と存じますが、果して本当に能を理解していただいているか、どうかと考えますに、聊か不安であります。
 能は劇ではありません。いわゆるすじの面白さを狙ってもいません。能は我々の身辺にある、あらゆる事象の本質を捉えて、それを美しく、印象的に表現し、見る人の想像力にうったえて、その醸し出される雰囲気を味わっていただくものでありますが、然しそれには或る程度の予備知識が必要でありましょう。
能舞台には他の演劇に使う様な舞台装置はありませんが能楽堂のあの落着いた雰囲気は是非必要であります。
 然し残念ながら当地には本格的能楽堂はありません。私方の能舞台は、とても本格的能楽堂の雰囲気には及びませんけれど、それに近いものは得られると存じますので、当分この舞台で定期的に演能を観賞していただき、尚回数を重ねるに従い、あらゆる角度から解説を加え、座談会もひらいて、少しでも早く正しい能楽を理解していただきたいと思い、斯様な会をつくり能楽教室と名付けました。
 芸術はなかなかむづかしく究極のないものであります。私も皆様方と共に能楽教室の一生徒として大いに勉強してゆかねばなりませんが、何卆この教室の発展のため今後一層のご支援をお願い申上げる次第であります。