世阿弥(?) 作 季:春 所:摂津国(大阪)難波
都の貴人の若君の乳母を勤める女(シテツレ)が、従者(ワキ、ワキツレ)を引き連れ登場する。(※女は簾の掛かった輿の中にいて、外から姿が見えないことになっている)従者の一人が事情を語る。
従者の仕える貴人が嵯峨法輪寺に参籠したとき、女に出会って若君の乳母にした。すると若君を立派に養育するので、素性を尋ねてみると「摂津の国難波の草香の里の者で、夫は事情があって流浪の身となっています」と涙を流した。貴人は同情して、従者を付けて夫を探しに行かせたのだった。
一行は淀川を舟で下り、岸辺の光景を眺めながら草香の里に着く。従者は女に「草香の左衛門」という夫の名前を聞き、里人(間狂言)に居場所を尋ねるが、「ひどく貧しくなって今はここにはいない」と言われる。女はそれを聞いて悲しむが、しばらくここで行方を探すことにする。
従者が里人に何か面白いことがないか尋ねると、「浜辺の市で葦を売る若い男が、色々面白い戯れ事を言います」と答えて葦売りを呼び出す。
〔後見が、藁屋の作リ物を舞台の隅に出す〕
里人に呼ばれて、笠を被り葦を担いだ男(シテ)が出てくる。葦売りは浦々の景色を楽しみ、様変わりした我が身を思って心を乱す。「人の多い市の中にこそ身を隠すところもある」と、笠を脱いで市に出てくる。
従者が「難波の名物の葦を商うとは、情趣を解する方のようです」と話しかけて葦を買い求めると、男は「都の人は実に風雅ですが、私も、昔は由緒ある都人のゆかりの者でした。今は落ちぶれましたが、「良し(葭)」とお召しになってください」と答える。従者に問われて葭(ヨシ)と葦(アシ)とは同じ草であることなどを教えるが、「面倒なこと、良しも悪しも賤しい海人には分からない、世渡りのために葦を刈って市に運ぶ足数に応じて、おあし(お金)を弾んで買ってください」と、芦刈りの様子を演じてみせると、「露ごと葦を刈り取って、夜はその露に月影を宿して運ぶのです。暇が惜しい、夕汐が引いている昼の間に買ってください」と、葦を置く。
従者が名所「みつの浜」の場所を聞くと、「あそこが御津の浜の旧跡で、仁徳天皇が皇居を置かれたところ。海辺の宮で、漁村の篝火まで宮の灯火に見えるほどに帝の恵みが民の間近にあった、有難い古例です」と教える。
男は、御津の浜に網の引き手を集めて網船が寄せ来る様子に目を止め、古歌の景色を眼前に見ることを面白がり、難波の浦の春の景色を愛でて、笠尽くしの謡いに乗って、笠を手に舞い興じる。
女は、葦を一本持ってくるよう頼む。男は自分の異様な姿にためらうが、輿に近づき、中の女を見て驚いて葦を捨て走り去り、近くの小屋に逃げ込む。女は「今の葦売りが昔馴染みの夫」と嘆く。従者は勇んで追いかけようとするが、女は夫が恥ずかしくないように、一人で探しに行く。面白や心有らん 人に見せばや津の国の 難波わたりの春の景色 朧舟焦がれ来る 沖の鴎磯千鳥 連れ立ちて友呼ぶや 海人の小舟なるらん 雨に着る 雨に着る 田蓑の島も有るなれば 露も真菅の 笠はなどか無からん 難波津の春なれや 名に負ふ梅の花笠 縫ふてふ鳥の翼には 鵲も有明の 月の笠に袖さすは 天つ乙女の衣笠 それは乙女 これはまた 難波女の 被く袖笠肘笠の 雨の葦辺の 乱るるかたをなみ あなたへざらり こなたへざらり ざらりざらりざらざらざっと 風の揚げたる古簾 つれづれも無き心面白や