半　蔀 立花 （はしとみ）

内藤左衛門 作　　　時：夏　　　所：前 都の郊外、紫野　後 京都五条

※ あらかじめ、舞台前方に立花が出される。

【前場】　紫野の寺で夏安居（僧が夏の九十日間一所にこもってする修行）をする僧（ワキ）が登場。夏の間仏に花を献じて供養してきたが、安居もじき終わりなので花の供養をする旨を述べ、下人（間狂言）に近在に知らせて回るよう命じる。下人は、志ある人々は特に美しい花を持って供養に来るよう、触れて回る。
数日たって参詣の人も絶えた夕暮れ時、僧は独りで立花供養をしている。「草木は心が無いというが、花が光を慕って開く様子は心無いとはいえず、泥中から清らかに咲く蓮は法華経（妙法蓮華経）の題目でもある。全ての草木は成仏できる」
そこへ、見知らぬ女（前シテ）が白い花をたむけに来る。僧は、女が草花の茂る人気の無い方向から現れたのを不思議に思い、花の名を尋ねる。女は、「名は一人前でも賤しい家の垣根に掛かる花ですから、知らないのも道理、これは夕顔の花です」と教え、素性を聞かれると、「この原の草の陰から参りました」と答える。僧は「では亡き人が供養に逢おうと来たのか」と驚き、重ねて名を問う。女は「名前はありますが、もうこの世の者ではなく、昔物語になりました。何某の院にもいつも参りますが、本当は五条辺りに住んでいます」と素性をほのめかし、僧が目を逸らした隙に、立花の陰に隠れて夢のようにいなくなる。〈中入〉

〔下人が来て先程の女のことを尋ねる。僧は、源氏物語の中の夕顔の上にまつわることを話すよう頼む。下人は、夕顔の上が五条辺りの小家に人目を忍んで住んでいたこと、和歌（心あてにそれかとぞ見る白露の光添へたる花の夕顔）を記した扇に載せて夕顔の花を差し上げたのをきっかけに光源氏と深く契った事、源氏に連れられて〈何某の院〉に移り、その夜半、六条の御息所の生霊らしき物の怪によって命を失ったことなどを語る。僧は立花供養の功徳を説き、夕顔の上がその供養に逢おうとやって来たのだと察して、五条辺りを訪ねて跡を弔うことにする〕

※ 常座に、半蔀戸と瓢の実の下がった蔓をつけた藁家の作リ物が出される。

【後場】　僧が五条辺りを訪ねると、昔の住いの跡は荒れ果てて夕顔の蔓が絡まり、草が茂っている。やがて、廃屋の中から夕顔の上の霊（後シテ）の声が聞こえてくる。「ここは雑草に深く閉ざされ、夕日が窓から射し込んでは消える。泉の音がして、雨が戸口を濡らす。東の窓からのぞく澄んだ月は琴を照らして、垣根の向こうには秋の山が見える。なんと物寂しい夕暮れだろう」
透垣に当たる風の音までがひどく寒々しい中、僧は生前の姿を見せてくれるよう頼み、弔いを申し出る。
すると、声は昔何某の院に伴われた時源氏に詠んだ歌を口ずさむ。

山の端の心も知らで行く月は上の空にて影や絶えなむ〔あなたの本心も分からずに連れられていく私は、寄る辺無くて空の上で消えてしまうかもしれません〕

そして、もう命も絶えて源氏に逢えることも無いとつぶやき、あわれな姿を見せれば弔ってくれるかと尋ね、半蔀（吊り上げて開閉する板戸で上半分だけ開くもの）を押し開けて姿を現す。夕顔の霊は、光源氏との恋を回想しつつ舞い始める。

【夕顔の懐旧】　その頃源氏の君はまだ中将で、この粗末な家で一晩だけ過ごしたことがある。その時は夜すがら隣家から行者の精進潔斎の声が聞こえていた。今尊い供養を受け、その時を思い出して涙がこぼれる。もっと忘れられないのは、源氏がこの家を見初めた夕方、従者の惟光を招き寄せて垣根の花を折れと命じた時、香を焚き染めた白い扇に花を載せて差し上げたこと。源氏はその扇をつくづくとご覧になった。扇に歌を書いて渡さなければ、知り合うこともなかっただろうに、そのご縁の嬉しさ。そして源氏の君は、この宿の主が誰と分からなくても、末永く契りを結ぼうと、一首の歌をお詠みになった。〈序の舞〉

折りてこそそれかとも見めたそかれにほのぼの見えし花の夕顔〔手に取って誰か確かめたい。黄昏の光でほのかに見えた夕顔の花のような人を〕

昔語りを終えると、霊は僧にいつも弔ってくれるよう頼み、鶏鳴や鐘の音が夜明けを告げるので、再び半蔀戸の内に姿を消す。その夜の事は、そのまま僧の夢の中の出来事になってしまったのだった。

常には弔ひおはしませと　木綿附けの鳥の音　鐘もしきりに　告げ渡る東雲　朝間にもなりぬべし　明けぬ先にと夕顔の宿り　明けぬ先にと夕顔の宿りの　また半蔀の内に入りて　そのまま夢とぞ　なりにける