観世信光 作
※ 始めに、舞台後方に紅葉した山を表す作り物が出される。
【前場】信濃国戸隠山。長月下旬の紅葉の美しい季節。日中から日暮れまで。
素性は知れないが、高貴な様子の美女たち(シテ・シテツレ)が大勢引き連れて、山中に紅葉狩りにやってくる。時雨の空や谷川に浮かぶ紅葉などの景色を愛で、木陰に座す。侍女(間狂言)の提案で、幕を張り屏風を立てて酒宴を始める。
そこへ、鹿狩に来ていた平維茂(ワキ)と従者たち(ワキツレ)が通りかかる。幕が張り巡らされ大勢人影が見えるので、太刀持ちに何者かを尋ねに行かせると、侍女は「たださる上臈たち」としか答えない。
維茂は深山に高貴な女性がいることを不審に思うものの、邪魔してはいけないと気遣う。馬を降り靴を脱ぎ、道を隔てた、山陰の険しい岩路を行くことにする。
すると上臈が声をかけ、維茂を酒宴に誘う。一旦は断って通り過ぎるものの、女に袂にすがって引き留められ、心弱くも酒宴の席に着いてしまう。
心を許して盃を重ねるうち、女の顔も紅く染まり、その美しさはこの世の人とも思われない。女は維茂に酌をし、優雅に舞を舞ってみせる。維茂は、それを見ながら酔って眠り込んでしまう。
【山中の宴】
林間に酒を温めて紅葉を焚くとかや げに面白や所から 巌の上の苔むしろ 片敷く袖も紅葉衣の紅深き顔ばせの この世の人とも思はれず 胸打ち騒ぐばかりなり
すると、にわかに女の様子が凄まじいものに変わり、天候も豹変して夜嵐が吹きつけ雨が打ちそそぎ始める。女は「夢ばし覚まし給ふなよ」と維茂に告げ、嵐の山中に姿を消す。
【事態の急変】
かくて時刻も移り行く 雲に嵐の声すなり 散るか真折の葛城の 神の契りの夜かけて 月の盃さす袖も 雪を廻らす袂かな 堪へず紅葉 堪へず紅葉青苔の地 又これ涼風暮れ行く空に 雨打ちそそぐ夜嵐の 物凄まじき山陰に 月待つ程のうたた寝に 片敷く袖も露深し 夢ばし覚まし給うなよ 夢ばし覚まし給うなよ
〔維茂の夢の中に男山八幡宮から遣わされた末社の神(間狂言)が現れ、女の正体が鬼である事を教え、退治するための太刀を授ける〕
【後場】同じ日の同じ場所。夜。
維茂が驚いて目を覚ますと、辺りは雷火乱れ天地鳴動して、強風が吹きつける凄まじい様である。維茂は夢で授かった太刀をもって身構え、女を待ち受ける。
そこへ鬼女が姿を現す。巌に火焔を放ち、虚空に炎を降らせ、身の丈は一丈(約3m)ほど、角が生え眼は日月のように光っている。恐ろしさは面も向けられないほどである。
維茂は少しも動揺せず、八幡大菩薩を心に念じ、太刀を抜いて待ち構える。飛び掛ってきた鬼を刺し貫くと、鬼は維茂の頭をつかんで飛び去ろうとするが、切り払われて恐れをなし、巌に登ろうとする。それを引き下ろして刺し貫き、たちまち鬼神を退治する。その威勢の程は恐ろしいものだった。