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鑑賞の手引き 雷 電 (らいでん)

作者不明  季:秋

※菅原道真(845~903)は、政治家・学者・漢詩人として宇多・醍醐帝の信任が厚く、右大臣となりますが、左大臣藤原時平の讒言で大宰府に左遷され、翌々年そこで没しました。死後祟り続けて神として祀られ、九十年後に太政大臣の位が贈られました。

 

 月の明るい晩、燈火のもとで祈っていると、中門の扉を敲く音が聞こえてくる。
僧正は不思議に思い、「こんな夜更けに訪ねてくる者などいないはず」と口にする。すると、訪問者はその声を聞きつけ、さらに扉を敲く。

 隙間から外をうかがうと、菅原道真(前シテ)が立っている。ありえない訪れに、僧正は動揺するが、扉を開いて招き入れる。二人は座り、打ち解けて語り合う。


僧正が「あなたは筑紫で亡くなったと聞いたので、色々と弔いをしたのですが、届いたでしょうか」と尋ねると、管公は「すべて届きました」と礼を言い、「貴いのは師弟の約束、切実なのは主従、睦ましいのは親子の繋がり。この三悌の中でも、真に志の深いのは、師弟の関係。師の恩の忝さを思えば、影を踏むこともできません。幼いころは身寄りもない身でしたが、菅原是善公の養子となり、実の子のように育てていただきました。やがて僧正にお付きして、詩歌学問を熱心に学び、その道の堪能になると、僧正もお喜びになり、大切にしてくださったお志は、忘れられません」と感謝の思いを語る。
「わたしは死後、梵天と帝釈天の憐れみをこうむり、雷神となりました。内裏に乱入して私を辛い目に合わせた貴族達を蹴り殺すつもりなので、召されても参上しないでください」と頼むと、僧正は「勅使が来ても一、二度までは断るが、帝の国に住む身なので、三度に及べば、参内しないわけにはいかない」と断る。

それを聞いた管公は、鬼のような姿に激変する。本尊の前に供えていた柘榴をつかむと、次々と噛み砕いて吐きかける。すると柘榴の粒が火炎に変わり、扉に当たって燃え上がる。僧正が少しも慌てず、水を注ぐ意の印を結び、大日如来の真言を唱えると、火炎が収まり、その煙に紛れて管公の姿は消え失せる。〈中入〉

〔間狂言(僧正の従者):管公に内裏が襲われたので、僧正が度々の召しに応じて祈祷 に行くと触れて回る〕

【後場:内裏】僧正が紫宸殿(内裏の正殿)に座して数珠を揉み経文を唱えると、黒雲が吹き寄せて闇夜のようだった内裏が、にわかに晴れて明るくなる。「たいしたことはない」と油断したところ、虚空に黒雲が現れてあたりを覆い、稲妻が四方に閃き、紅蓮地獄のような闇に包まれる。天地も返るような震動が続き、雷神となった管公(後シテ)が姿を現す。

 僧正が「この世に王の土地でない場所は無い。ましてやそなたは先日まで君の恩を受けていたのに、道義に反している。静まりなさい」と叱責すると、雷神は「私を見放された上は、たとえ僧正でも恐れはしない。人々に思い知らせよう」と、諸竜を引き連れ、黒雲に乗って内裏中を鳴り廻るので、帝の身も危険な状況だが、不思議と僧正の居場所だけは避けられて静かである。

 紫宸殿に僧正がいれば弘徽殿で雷が鳴り、弘徽殿にいれば清涼殿というように、内裏中を廻ってすさまじく争うが、僧正が千寿陀羅尼を唱え終わると、ついに堪えきれず障子を隔てて「もはやこれまで。お赦し下さい」と降参する。

 僧正から真言の秘法を聞き、帝からは天満大自在天神の官位を贈られた管公は、「生きての怨み、死しての喜び」と心も晴れて、黒雲に乗り虚空に上っていく。いく。